法律(条例)とモラルの整備。

都青少年健全育成条例改正案

 

15日に採決し、成立するみたいですね。
条例なので、東京以外の人は関係ないかもしれませんが、日本の中心都市の条例ですから、各方面に大きな影響を与えることは確かでしょう。

 

この条例改正案は簡単に言えば、青少年を守るために、過度な性行為などを描いた漫画やアニメの販売やレンタルを規制するものです。一見、いいことにも思えますが、東京国際アニメフェアに角川書店が抗議のため出展をしないなど、(集英社や他の大手も拒否する動きも)反対意見や活動がネットを中心に各方面で行われていることを考えると、一筋縄に行かない問題なんだと感じさせられます。

 

出版社や著作者など、制作者サイドは、やはり、表現の自由の侵害を主な理由として反対しています。

 

しずかちゃんの入浴シーンはOK、わかめちゃんのパンチラはOK、じゃあ、どこから、どこがダメなの?というのは、本当に難しい基準になってくると思います。

 

浅い知識の私がこの条例問題に反対や賛成の意見を述べるのは難しいですが、ちょっと思ったことを書かせてもらいます。

 

条例(法律)って、こういう感じで自分の知らないところで結構、どんどん出来上がっているんですよね。法律って、増えることはあっても、減ることってそんなにないと思います。(規制緩和はあるかもね)そう、考えると、100年、200年の後の世界って、今よりものすごい量の法の世界になっているんだろうなあと考えてしまいます。法はルール。ここからここはよくて、ここからここはダメよという線を決めるものだと思います。(そして罰則)その線の数がどんどん増えて行ったら、どうなるんでしょう?窮屈な世界?それともきっちりとした安全、平和の世界?想像しかねます^^ただ、法ができる前の世界は、人間のモラルがひとつの法だと思うのです。そのモラルという法は人によって変わります。ここまでやって怒る人と怒らない人がいるように。人によって変わるそんな読めない世界、読まなきゃいけない世界をおもしろいと考える人もいれば、こわいと考える人もいると思います。

 

 



 

 

でも、モラルだけで成立する世の中なら、法律や条例なんていりません。共通のルール、線が必要だから法ができるんだと思います。その線がみんな納得できるものならベストですが、今回の件はどうなんでしょうね。

 

もし、曖昧な線引きだけして、都の特定の人間のモラルによって、その線が自由自在に決められてしまう(拡大解釈、ご都合解釈)のなら、それはまずいと思います。そんな曖昧な線の法を作るならば、それよりも、やはり大前提の個々のしっかりしたモラルを築くための教育の方に重点を置くべきだとも思います。もちろん、過度な表現の規制自体は賛成ですが、その基準が曖昧なら、根本の法であるモラル確立のための教育に力をというのが私の勝手な意見ですね。

 

少し視点を変えてこの問題を見れば、強姦などの犯罪行為をマンガやアニメから単に排除すれば、青少年のためになるという考えは間違っていると思います。そういう危険なことや汚い部分があるという事実を知ることで、男性や女性も身を守る姿勢を身につけたりと広い意味での学びもできると考えられます。(そんなマンガ見たから、犯罪者になるという発想は馬鹿げてます。「読んだから」ではなく、「読んだ人がどんな人間か」というのが本質でしょ)

 

それに青少年を過度に保護して保護して、19歳になった途端、「現実世界」に放り出すことのこわさも感じてしまいます。
なんか書いているうちに条例に反対っぽい感じの文章になっているような気もしますが、そういうつもりはないです。。^^とにかく、オープンに議論してほしいですね。

 

さあ、この問題どうなるやら。(そういえば、前に篠山紀信氏も墓地で卑猥な写真を撮影して捕まってましてましたね。ここでも表現の自由の議論がありました)

 

でも、本当に気にしてないと、こういう法律や条例って、知らないところで成立ちゃうわけですから、こわいですね。

 

長々と失礼しました。

 

ではでは。

 

 

こういうのもNGになっちゃうのかな?^^
アミ:「おらも旅行行きたい!おいてくな~!」
あ、ただの駄々でした^^

 

 

あわせて読みたい

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です