2012年総括。

2012年が終わります。あっという間でしたね。

 

今日は総括なので、思うがままの内容です。たぶん、長くなるので、興味のない内容だったらスルーしちゃってくださいね笑。

 

今年はオリンピック、そして、政権交代までの政治の攻防、あたりが私の中ではすぐに思い出されます。私事では、やはりAKB48への楽曲提供でしょうか。w

 

さて、思うがまま、はじめます。

 

人類史上、現在まで700~800億人が生誕(そして死亡)してきたそうです。

 

4万年でこの人数が生まれたそうですが、今後、たった1000年でこの700~800億人が生誕するそうで、ものすごい人口爆発の予想になっています。

 

4万年とか、800億人とか、このへんの数値の信憑性はまあ、とりあえず置いておいてください。これまで、たくさん生まれて、これから、さらにさらにたくさん生まれる、ということが言いたいわけです。

 

話は少し変わって

 

放射性セシウム137の半減期30年

プルトニウム238の半減期87年

ストロンチウム90の半減期29年

プルトニウム239+240の半減期24000年

 

福島原発事故で放出されたと見られる、主な物質です。そして、その半減期。

 

半減期とは

放射性物質の放射能の強さが半減する期間のことです。

 

勘違いしている人がたまにいますが、放射能とは、その字のごとく放射線を放出する能力のことです。

 

半減期が短いから良いとは実は言い切れなくて、短いということは、強く放射線を放射しているということにもなるわけです。(難しい問題です)

 

参考
http://genjitsu.jp/archives/195

 

半減期の年数、とっても長いですよね。。

 

さらに原発を廃炉するのには30年から50年はかかると言われています。

 

原発稼働に伴って発生する放射性廃棄物の処理(の場所など)も未解決。放射性廃棄物の半減期は1万年を超えるものばかり。

 

 



 

 

ここまで書けば何が言いたいかおわかりだと思います。原発はやはり、お勧めできない。

 

安倍新政権では、原発推進、そして、原発の再稼働どころか、原発の新規建設も視野にいれています。

 

福島原発の廃炉など、収拾がつく頃(50年後?)、今の政治家たちはこの世にいないでしょう。(下手したら、私もいないかも笑)原発は、上の情報だけ見るだけでも、100年、1000年、ものによっては万単位での話にもなってくるのです。

 

原発を止めちゃダメだ、経済がダメになる。この論理は確かに間違ってはいません。しかし、これは、今、現在に対する責任感や論理なのです。100年後(新たなに生まれる80億人?w)の未来への責任感はそこにはあるのでしょうか。疑問です。(もちろん、今に対する責任感も大事なんだけどさ…)

 

1000年単位で考えた時、現在の千年、万年単位の問題を抱える原発推進は、果たして未来の800億人は喜んでくれるだろうか。

 

いつも、政治的私見は控えてきましたが、総括ということで、今日は言わせてください。原発反対、即時ゼロとは言いません。(それは確かに現実的ではない)ただ、上のようなことを考えると、やはり、なんとかフェードダウンして行って欲しい。これが理想
家の私の勝手な切なる願いです。(まあ、民主主義だから仕方ないんだけどね。でも勝手に吠えてみる)

 

地震大国日本、次、もし、原発事故が起これば日本は確実に沈没します。戦時中、広島、長崎と二度も痛い目にあって、日本は戦後の人生をやっと歩き始めました。もう、「二度」も痛い目に合う必要はないでしょう。。(頼みますよ。。)

 

日本の(今の)政治は大量な借金を作ってきました。(未来の)子どもたちからお金を借りている、という表現もあります。でも、言ってしまえば借金なんて、なんとでもなるんですよ。(お金なんてある意味、紙切れですから)でも、土地や空気、自分たちの居場所が破壊され、汚されてしまったら、元も子もないわけです。

 

「自分自身より、自分自身が残したものの方が長生きする」

 

最近、私が強く思うことです。

 

トンネル事故もそうです。40年以上も前に作られたトンネル。既に亡くなっている工事関係者もきっといるでしょう。でも、時代を超えてその責任はあり続ける、生き続けるのだと思うのです。

 

今、約70億人の人たちが地球で暮らしています。「世界のために」。よく聞くフレーズではありますが、勘違いしちゃいけないと思うのです。世界のために、というのは、今生きている70億人のためだけじゃない、最初にも言った、これから生まれてくる、800億人のためでもなければならない。

 

いや、1000年という年数に限りをつけなければ、800億人どころか、数えきれない無限の人たちがこれから、この地球という世界を共有していくと思うのです。

 

もし自分たちがある道を作れば、自分たちが死んだ後もその道は時代を超えて、何億人もの人が利用するかもしれない。逆もしかりで、自分たちがある道を閉ざせば、未来の何億もの人たちが使えただろうその道の可能性を断ち切ることにもなるわけです。

 

改めて言います、私たちのこの世界は今生きる70億人だけの世界ではないです。未来の無限の人たちも共有すべき世界なのです。

 

原発、トンネル、道、規模が大きなもので例えてばかりですが、私の場合で言えば、音楽ですね。私の作った音楽もおそらく、自分自身よりも長生きするでしょう。(そうあって欲しい笑)そんなことを意識しながら、勝手にわくわくしながら音楽を作っています。

 

別にたいそうなことじゃなくでもいいんです。

 

自分がちょっと関わった部品や欠片(ピース)が元となって作られたもの。自分が発した言葉。そんなささいなことも、自分が死んだ後も、誰かの元(心)で生き続けたりする可能性は十分あります。そう考えた方が、身が引き締まるし、楽しいでしょ。^^

 

「自分自身より、自分自身が残したものの方が長生きする」

 

このように、自分たちが残すものは、良いものも悪いものも、自分が死んだ後もずっと残るわけです。どうせ残すなら、良いもの、楽しいものを残したいですよね。

 

偶然にも同じ時代を生きている皆様、そう思いませんか。^^

 

今は大事。でも未来も大事。

 

懸命な今の延長線上に輝く未来がある。向かうべき未来があるからこそ輝ける今が存在する。

 

今に重きを置きすぎて未来が見えなくなる。未来に重きを置きすぎて今が見えなくなる。

 

今と未来、、

 

やはりバランスが大事。

 

ただ、原発のこと、トンネル事故のこと、その辺を見ていて、ちょっと「今」(目の前のこと)に重きを置きすぎてる感を感じたので、バランスをとるために今回はちょっと未来感を強調してみました。

 

未来を見据えて、今をがんばりましょ。何かを残しましょ。(私は音楽などですね)

 

ではでは。

 

ありがとう、2012年!

 

さあ、2013年!

 

 

今年、我が家に嫁いできた「たじょうまる」(名前つけた)です。植物をすぐダメにしてしまう私ですが、この子は元気に私のスピーカーの上で私の音楽と共に育ってくれています。この子も、もしかしたら、私より長生きするかもしれないですよね。w

 

 

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