相手の内省を促すためには、「なぜ?」よりも「なに?」という問いが有効

【効果的な内省を促すために、気にしておきたい1つのこと〜慎重に使うべき「なぜ」という問い〜】
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52971

 


世間はとある不祥事や謝罪で騒がしいですが、、、
そんなせいか、上の記事にたどり着きました。

 

記事によれば、、

 

「なぜあの行動をとったの?」「なぜそう考えるの?」というような「なぜ?」という質問は内省を促す上で、非常に非効率的である(ハーバード大学研究)
「なぜ」より「なに」の問いの方が断然、深い内省に到達することがわかった
・「なぜ」の問いは、自分の強みや弱みに対する理性的な評価ではなく、自分の恐れ、欠点、不安感に支配された釈明に終始しがちになる
・「なぜ」の問いは、創造的思考を司る大脳新皮質の機能を止め、自由に発想する前に、身を守る方向へ働く(自己防衛反応)
・「なぜ」を課題やものに問い続けた結果、解決や品質が手に入り、「なぜ」を人や組織に問い続けたら、たくさんの言い訳が手に入った→「なぜ」という問い自体が問題ではなく、感情を宿す対象には注意して使った方がいい

以上、記事引用参考。

 

興味深い情報が多かったので、引用が長くなってしまいましたが、

 

簡単に言うと、(なんでも簡単にしたがる小形です^^;)

 

「なぜ」という問いは相手を否定するニュアンスが強くて、相手を怯えさせ、自己防衛反応が強くなってしまい、本質的な内省にたどり着きにくくさせる

 

、、という感じかな?(まだ長いけど^^;)

 

 



 

 

また引用になってしまいますが、

 

なぜ、そう決断したの?
→決断の判断基準はなに?

 

なぜ、君はそう考えたの?
→なにがきっかけで、そう考えるようになったの?

 

このように、「なぜ」よりも「なに」の問いの方が深い内省に到達しやすいようです。

 

でも、なんで、「なぜ」よりも「なに」の方がいいのだろう。

 

私の勝手な推論ですが、

 

「なぜ」は対象が漠然で全部を指している感じになり、
全否定されている感じを受ける?

「なに」は対象が具体的で一部を指しているので、
否定されている感じが限定的?

つまり、「なに」は否定感が弱く、答えも絞られているから、返答もしやすいし、怯えずに答えを出しやすい(内省しやすい)

 

、、ということなのかもしれません。

 

「なぜ」は漠然で全体的。「なに」は具体的、限定的。
感情を持つ相手に対しては、「なに」で問うた方が効率的に内省を促すことができるのかもしれません。
(そりゃあ、漠然に問われても、問われる方は困っちゃうもんね)

 

何か問題が起きた時、私はすぐに、「なぜ?」「なんで?」と相手に聞いちゃっていたかもしれません。^^;(反省)

 

「なぜ」から「なに」への変換はなかなか難しそうですが、気をつけていきたいですね。

 

ではでは

 

 

「なぜそうなったのか?」というような自問自答をよくするのですが、今後は「なにがそうさせた?」という方法も試してみたいと思います。ただ、「なぜ」が全部悪いというわけでなく、漠然(全体)の中から答えを見つけるか、限定して見つけていくか、という性質の違いを見極めながら、「なぜ」「なに」の使い分けをしていきたいですね。とりあえず、他者には「なに」が有効なようです。

 

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