情報で五感が左右される。情報で人間は作られていく。

【人間はおいしさを舌ではなく「情報」や「言葉」で感じるって本当?】
https://dime.jp/genre/911547/

 

・同じゴボウのスープなのに、片方には「低脂肪ごぼう健康スープ」。もう片方には「鳴門鯛のダシたっぷりのポタージュ」と言って、2つのグループの被験者に提供

・味の感想を聞くと、前者のグループは「味がしない、薬みたい」と回答し、後者のグループは「おいしい、やさしい味だ」と回答した

・つまり、人間は情報でおいしさを感じている(高級料理店で長々と料理を説明する意味はそこにもある)

・おいしいと感じる言葉ランキングで、共通してランクインしている言葉たちは「ダシのきいた」「ジューシー」「もちもち」

 

 

以上、記事引用参考

 

 



 

情報で五感が左右される。情報で人間は作られていく。

 

人間は料理を食べているのではなく、その料理の情報を食べている、と言います。上の例は本当にそれを表しています。「行列ができるお店」「ナンバーワン〇〇!」みたいなキャッチフレーズなどのケースも、情報を食べておいしいと感じている可能性があるわけです。

 

これって、味覚だけに限らないかもしれません。

 

たとえば、

事前にいろんな情報を得ると、本来よりもきれいに見えるかもしれませんし(視覚)、本来よりもかっこいい音楽に聴こえるかもしれません(聴覚)

 

情報を(で)食べる

情報で見る、眺める

情報で聴く

情報で嗅ぐ、匂う

情報で感じる

 

全部が全部ではないかもしれませんが、結構ありえると思います。

 

ある意味では、情報を差し引いたものが本質、なのかもしれません。

 

ただ、情報を差し引いた本質を見ろ、なんてことを私は言いません。

 

高級料理店でたくさんの情報をシェフから仕入れて、おいしそうに料理を食べるのもいいですし、

オーガニック系の情報をたくさん仕入れて、それらをおいしそうに食べるのもいいと思います。

 

自分が見たい情報を得て、自分が感じたい感覚を得ているいるわけですから、それはそれで結構。^^

 

ある意味では、両者とも、それぞれの本質(現実)を味わっているのかもしれません。

 

何が言いたいかというと、

 

私たちは自分が見たい(仕入れたい)情報を選んで手に入れています。

つまりは、自分好みの情報に囲まれていることが多いです。(自分が嫌な情報なんか、進んで得ようと思いませんからね^^;)

 

メディア、SNSなど、情報過多の時代において、どういう情報を拾っていくかはとても大事です。そして、テレビや新聞くらいしか情報を得る手段がなかった頃に比べると、今、人それぞれが得る情報の差というのはどんどん広がっていると思います。

 

情報が五感を決める、左右する

 

その観点からすると、

多様化する人間や社会とは久しく言われていますが、もしかしたら、人それぞれの情報差社会が、人それぞれの感じ方(五感)の変化を生み、そうなったのではないかと、壮大に妄想してしまう私です。^^

 

人それぞれ感じ方は違います、それはつまり、人それぞれ、得てきた情報も違う、ということでもあるのです。

 

情報が五感を決める、左右する

 

これは良い悪いの話ではないです。

 

可能ならば、

意見や感じ方が違うということで争ったり、いがみ合ったりする前に、「それぞれ得てきた情報が違うのだな」と、お互いが冷静になれたらいいなと思う私なのでした。(そして、お互いがお互いの情報を徐々に共有し合っていく、理解し合っていく)

 

以上、

情報が五感を左右する、という話から壮大に話をすすめてきました。

 

情報を差し引いた本質を見ろ、よりも大事なことだと思います。

 

ではでは

 

 

情報が五感を決める、つまりは情報が人を作る、自分は自分が見たいと思った情報の塊とも言えるかもしれません。さあ、何の情報を仕入れていきましょう。その視点もとっても大事です。

 

 

 

あわせて読みたい

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です