【自制心はワーキングメモリより後に発達する】
https://medicalxpress.com/news/2026-09-matures-memory-adolescence-large-analysis.html
記事の要約
・中国の11~18歳、33,622人を対象に、思春期の「実行機能」の発達を調査。
・特に調べたのは、「抑制制御(inhibitory control)」と「ワーキングメモリ」の2つ。
・抑制制御とは、簡単に言えば、「やりたい・反応したい」という衝動をいったん止める力。たとえば、勉強中にスマホを見ない、怒ってもすぐ言い返さない、など。
・一方、ワーキングメモリは、頭の中に一時的に情報を置いて、それを使いながら考える能力。
・研究では、ワーキングメモリは比較的早い段階で発達が頭打ちになる一方、抑制制御は10代後半まで発達が続くことが分かった。
・つまり、思春期には「考えるための能力」がある程度発達していても、「衝動を抑えて、その考えに沿って行動する力」はまだ発達途中という可能性がある。
・また、年齢相応の実行機能より低い成績を示した若者ほど、対人・行動上の問題、注意・多動傾向、向社会的行動の少なさなどとの関連が見られた。
・さらに米国の11,549人のデータでも同様の傾向が確認され、別の集団でも結果が再現された。
・ただし、これは「自制心が弱い人はこういう問題を起こす」という単純な因果関係を証明した研究ではなく、発達の時期と行動・心理面との関連を調べた研究。
以上が記事の要約
「わかっているけど、できない」の正体は「抑制制御」?
上の記事によれば、
「頭で考える能力」と「衝動を抑えて行動する能力」は、同じペースで発達するわけではない
ということのようです。
わかっているけど、できない。
やっちゃいけないのに、やっちゃう。
そんなふうに、頭ではわかっているのに、できないということは、少なくないですよね。
今回の調査では、こうした制御能力のことを「抑制制御」と言っています。
この調査によれば、ワーキングメモリは比較的早い段階で発達が頭打ちになる一方、抑制制御は10代後半まで発達が続くことが分かったようです。
ワーキングメモリは、頭の中に一時的に情報を置いて、それを使いながら考える能力です。
パソコンをイメージすると、わかりやすいかもしれません。
子育て世代からすると、ワーキングメモリは早めに重点的に鍛えて、抑制制御は二十歳になるまでギリギリまで頑張って伸ばすことができると考えて、子育てに励んでもいいのかもしれませんねえ。
ただ、逆にいえば、10代でその辺の能力の基盤が作られていくという見方もできます。
改めて、先ほど私は抑制制御について、ざっくりと説明してしまいましたが、
上の記事によれば、
抑制制御とは、
「やりたい・反応したい」という衝動をいったん止める力。
これ、思ったんですけど、欲望を制御、ブレーキしているイメージにも見えます。
たとえば、
「勉強中にスマホ見たい……」
でも、
「見ない!」
というのが抑制制御ですよね。
でも、
「運動したくない……」
でも、
「運動する!」
という場合はどうなんでしょう。
これはブレーキというより、アクセルのように感じます。
これも抑制制御に入るのかな??
あ、でも、運動したくないの裏側には、
「食べたい」
「休みたい」
というものがあります。
そう考えると、やっぱりこれも、
「食べたい」「休みたい」という欲望を抑えて、「運動する」という行動を選んでいる、
ということなのかもしれない。
勉強中にスマホを見たい、というのも、別の言い方をすれば、
「勉強したくない……でも、勉強する!」
とも言えるわけです。(ブレーキにも、アクセルにも、両方に見える)
結局、
したくない、でも、する。
したい、でも、しない。
一見、ブレーキとアクセルで違うようだけど、中身は同じということですね。
つまり、すべて「抑制制御」と言ってもいいのかもしれない。
……という感じに、私の中で勝手に合点がいきました(笑)。
とにもかくにも、思うのは、
細胞的に言えば、私たちの体は20歳くらいでピークを迎えます。
そして、いろいろな能力や感性の「基盤」も作られていくのかもしれませんね。
そういえば、20歳くらいまでに聴いた音楽で、その人の一生の音楽性が決まる、というような話もあります。
最近も、「17歳のとき聞いた音楽」が人生で最も強く残るという記事がありました。
これも、なんとなく今回の話と関連性を感じてしまいますね。
抑制制御という能力も10代後半まで発達すると考えると、その辺の悩みを抱えている大人からすれば、ちょっと身も蓋もない話のようにも思えます。
「もう大人になっちゃったから、抑制制御はあまり伸びないのか……」
となってしまいますからね。
そうですねえ。
ここからは、少し強引な慰め話になってしまうかもしれませんが……。
上でいくつか例を書きましたが、抑制制御というものが発生する前には、必ず欲望が存在します。
欲望があって、それに対して抑制制御が働く。
ということは、
既にある程度完成してしまっている抑制制御ではなく、欲望のほうをどうにかすればいい!
……という発想はいかがでしょうか?(笑)
そもそも、
10代のときの欲望と、
大人になってからの欲望と、
中年になってからの欲望と、
高齢になってからの欲望って、
同じものでしょうか?
もちろん、基本的な欲望はあるのでしょうけど、欲しいものや、やりたいこと、我慢できないことって、年齢とともに変わっていきますよね。
若い頃にはあんなに欲しかったものが、今ではまったく欲しくなかったり。
逆に、若い頃にはどうでもよかったことが、歳を取ってから急に大切になったり。
そう考えると、欲望そのものはいくらでも変化する。
だったら、完成してしまった抑制制御という話に、そこまで落胆しなくてもいいのかもしれません。^^
もっと大袈裟に言えば、
仏陀などの悟りを開いた人は、だからこそ、この辺のことを理解していたからこそ、抑制制御という「意志」のほうではなく、「欲望」というものに焦点をあてて、いろいろなことを説いていたのかもしれません。
……なんてことまで考えてしまいます。
まあ、仏教についてそこまで詳しいわけではないけど。^^;
おじさんの私からすれば、
「完成された抑制制御は、もうどうにもならない」
と言われるより、
「欲望とどう付き合うか、どう向き合うか、どう捉えるか」
ということなら、いくらでも考えて対応できそうだな、とも思ったのでした。
「わかっているけど、できない。」
そういうとき、
「自分の意志が弱いからだ」
と考えるのではなく、
「そもそも、自分はいま何を欲しがっているんだろう?」
と、大人の私たちは考えてみる。
そんなふうに、抑制制御の話から、また大袈裟に話を広げる私なのでした。
ではでは。