【1000万人以上の登録者数を誇る人気YouTuberにみる「誰もが興味をひくコンテンツ」の神髄とは?】
https://gigazine.net/news/20181123-youtuber-viral-movie/
YouTubeが当たり前の存在になり、今では「YouTuber」という言葉そのものを説明する必要もないほど、私たちの生活に動画コンテンツが入り込んでいます。
どうやったら人気のあるYouTuberになれるか
、、、なんてことを語るつもりは一切ございません。笑
私が上の記事の中で注目した部分。↓
「理論家は理論が正しいから評価されるのではなく、理論が面白いからこそ評価される」
「新しい理論は、古い心理、ことわざ、霊感、格言、言葉、平凡さ、などを否定する場合に注目されます」
社会学者マーレイ・デイヴィスの論文の中の言葉だそうです。
確かに、YouTuberなどの動画がバズる時(拡散する時)、これらの条件を満たしていることが多いような気がします。
「面白い」「興味深い」「常識を覆す」「異様」「刺激的」などが拡散する要素として大事なのかもしれません。
でも、改めて思ったのは、
拡散する情報(動画など)=多くに支持されている情報、本質的に正しい情報、ということではない
、、ということ。
・「面白い」「興味深い」「常識を覆す」「異様」「刺激的」
・「正しい」「真実」「真理」「支持」「本質的」
これらは別軸で考えないといけないのかもしれません。
たとえば、「愛は大切だよ」「命は大切だよ」と切々と訴える動画を流したって、誰も観ようとしないと思います。だって、それは当たり前すぎて、面白くもないからです。(でも大事なことであり、真理でもある)
陳腐な例えをしてしまいましたが、
拡散されている動画や情報というのは、あくまで、興味深く、面白いから拡散されているだけであって、その情報が正しいかどうか、真理なのかどうかは、また別の話ということです。
スマホ時代の私たちは、どうしても「目立つ情報」「拡散されている情報」に目を奪われます。
でも、目立たないからといって価値がないわけではありません。
「面白い情報」と「正しい情報」。
「拡散される情報」と「本質的な情報」。
その違いを意識しながら、両方の情報を拾っていきたいですね。
ではでは
【2026年追記】
この記事を書いた2018年当時は、主にYouTubeなどの動画コンテンツについて考えていました。
それから約8年。
TikTok、Instagram、ショート動画、SNSなど、私たちは以前にも増して「拡散される情報」に囲まれるようになりました。
そして今では、そこにAIによって作られた文章や画像、動画まで加わっています。
改めてこの記事を読み返してみると、
「面白い」「刺激的」「多くの人が見ている」と「正しい」「本質的」は、やはり別のものだなと思います。
むしろ、情報が増え、拡散のスピードが上がった現在だからこそ、この区別は以前より重要になっているのかもしれません。