新宿座談会(人生は泡のよう)

私が主催するへんてこな会です。
週末に年始以来の開催です。
私の気まぐれで開催されます。
要は、私がわいわいしたいときに開催されます。
今回は、最初の集合時は男2人というさみしい始まりでしたが、
最終的には7人が出席し、私のわいわい欲は満たされました^^
(全員集合は午前1時、みなさま、ばりばり仕事がんばってます)
でも、こういう会を開くと、人のつながりを本当に感じますな。
いつもですが、友達とわいわい飲んでたりすると、
ふっと幸せを感じます。見知らぬ人と人とがつながって、
今はこうやってつながって、仲良くバカな話をしていることが
素直にうれしいのです。
仲良くバカな話をしている「様子」を見ていて、
微笑ましく、うれしくなると言った方がいいのかもしれないですね。
人は「人」という文字のように一人じゃ生きていけません。
例えるなら、人は容器に入った石鹸水のシャボン玉の泡ですね。
ストローとかで空気をぶくぶくと入れると、泡が何個もたちます。
泡が誕生し、何個もの泡がくっつきながら、生成されていく、
その泡が時には合体し、大きな泡になります。いつかは、
その泡もパチンと破裂してなくなりますが、
ひとつの泡がなくなっても、そのまわりにくっついていた多数の泡たちが
ギュッと集まるようにして寄り添ってまた、それぞれの泡を形成していきます。
自分自身(自分のコミュニティ)という泡も大きくなればなるほど、
そのまわりにくっつく泡の数も増えていきます。
いづれは、なくなる泡でありますが、息吹きを吹き込んで、
どんどん大きくしていきたいですね。自分がなくなっても、
まわりの泡たち同士がくっつきあって、何かを形成していくと
考えれば、人生のはかなさも和らぐような気もします。
作曲活動で引きこもりがちの私が久々に「わいわい」して、思うことでした。
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アミ:「人生なめたら、あかんぜよ」
私:「ぺろっとしてるのは、どこのどいつですか?」
人生という名の手紙

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