さらば、ミスターヤクルト古田。

半年ぶりに野球観戦に行ってまいりました。ただの野球観戦ではありません。ヤクルトファンとしては、見逃せない、古田敦也選手兼監督の引退メモリアルゲームに行ってきたのです!(神宮でやるラスト3戦の初戦です)スタンドは消化試合とは思えないほど、入っていました。1万人以上はいたのではないでしょうか。8回に代打で出た時、試合が終わって、スタンドに挨拶を軽くですが、したとき、大歓声が起こり、少しほろりときました。兼任になって、最後の方は散々ではありましたが、18年間お疲れ様でした。生まれてから、これまでヤクルトファンの私にとって、ヤクルト=古田であったので、本当に寂しいです。ヤクルトファンの私以外の人でも、古田敦也という名を知っている人はたくさんいると思います。(野球ファンじゃない人でもね)じゃあ、いったい古田選手の何がすごかったのか?かつて、現楽天イーグルスの監督である野村氏が掲げたID野球(important data経験や勘にとらわれずデータを元に科学的にチームを動かす事。)の申し子ということで、裏をかくリードや戦術などで何度も優勝をしたのはもちろん、すごいのですが、古田選手の一番のすごさは盗塁阻止率でしょう。盗塁阻止率が.350いけば強肩といわれる中、古田選手は最高で.644を記録した年があります単年で.500を超えた捕手はこれまで69年以降8人しかいないみたいですが、古田選手は、通算で.477なので、数字的にもすごさを物語っています。また、強肩と言うので、肩が強いように思われますが、(いいボールを投げる)それよりも投手の玉を受けてから、投げるまでのスピードが実は半端じゃないのです。彼なりに、いろなんな工夫をした結果たどり着いたフォームだったのでしょう。このことから、野村監督のID野球ということで、頭を使う野球と古田の頭脳が一致した感がありましたが、もともと、古田選手自体、いろいろ考えるような頭があったのだと思います。監督としてはいい成績は残せませんでしたが、選手兼任という大変さ、そして、野村監督のID野球という呪縛に変にとらわれすぎた(反発して、それを逆にしなかった)ことが大きな要因でしょう。(もちろん、戦力もいまいちでした)今度は、監督専任で、変なしがらみのない状態で、またいつか、ヤクルトに戻ってきて欲しいです。古田よ、おつかれさま!そして、ありがとう!


アミ:「すきあり~!がぶり!」
アミのかぶりつきのスピードも半端じゃありません。

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