3人のDNAを持つ赤ちゃん誕生、ゲノム編集、何者にでもなれる時代へ

世界初、3人のDNA持つ赤ちゃん誕生 米チームがメキシコで成功
http://www.afpbb.com/articles/-/3102357?cx_part=txt_topstory

 

先日書いたブログ「男だけで、女だけで、さらには、自分一人でも子どもを作り出せる時代へ」
なかなかの反響がありました。今日もそれと関連する内容です。今度は3人のDNAを持つ赤ちゃんが誕生したというのでビックリです。

 

倫理的にも法律的にも問題はありますが、3人のDNAを持つ赤ちゃんが生まれた経緯として、母親が遺伝性の病気を持っていたからという話を聞くと、一概に批判ばかりはできないですね。

 

ただ、この技術の未来のことを考えると、やはり、私はいつものように妄想が膨らんでしまいます。^^;

 

仲の良い3人で赤ちゃんを作ろう、もしくは、4人で、5人で、、という話にもなってくるかもしれません。さらには、「A氏の目が素敵だから」「B氏の鼻がいいね」「C氏の長い足が欲しいね」という感じで、遺伝子のいいとこどりをして赤ちゃんを誕生させることも将来起こりうるかもしれませんよね。。

 

そういえば、昨日、テレビを観ていたら、ノーベル賞を受賞するかもしれない日本人研究者を何人か紹介しておりまして、その日本人研究者の研究内容で「ゲノム編集」という言葉が出ていました。つまり、 生物の設計図とも言われているゲノム(遺伝子情報)を編集するというのだからこれも驚きです。

 

・3人のDNAを持つ赤ちゃんの誕生
・生物の設計図であるゲノムが編集可能?

 

これらを考えると、いずれはどんな人間も生み出せるのではないかと思ってしまいますね。^^;

 

 



 

 

少し話は変わりますが、モデルさん、芸能人、今では一般人でさえ、写真はフォトショップというソフトで簡単にきれいに加工できます。ある意味では、そこ(写真)には「なりたい自分」がいるわけです。

 

しかし、今後は、写真だけにとどまらず、現実世界においても、「なりたい自分」、「なって欲しい赤ちゃん」などを作り出せるのかもしれません。(そうなったら、すごい時代だ。。)

 

ここまでくると、何者にでもなれるとなってくると、自分とは何だ、自己とは何だと、自問自答してしまいそうですが、、

 

こうやって、妄想を進めていくと、ひとつわかったことがあります。

 

それは、

 

自分とは、自己とは「体や外見」ではなくて、「心や気持ち」なり

 

言っていることは当たり前のような気もしますが、こういう話を以下のように妄想をして1改めて、確認できました。

 

私はたまに、魂(心)を「運転手」、体を「車」に置き換えて考えたりもします。^^

 

上のように遺伝子技術が発展したら、すべての人がポルシェやベンツに乗るかもしれません。^^;でも、それでいいんですか?楽しいんですか?その車に乗って、どこに行くんですか?何をするんですか?などの自問自答が出てきてしまうのは自分だけなのでしょうか。やはり、最後の最後の肝は運転手なのだな、つまりは、魂、心、気持ちの部分が重要になってくるのだなと思うのでした。

 

だから、自分とは運転手であり、心、思い、気持ちなのだなと、、。

 

相も変わらず、またわけのわからない妄想を繰り広げて、失礼しました。^^;

 

遠い将来なのか、近い将来なのかわかりませんが、どんな時代になっても、自分の心や気持ちは見失わずに行きたいですね。

 

もしも遺伝子技術でどんな人にでもなれる時代において、「お前は何者だ?」と聞かれたら、困っちゃいますよね。^^;あえて言うならば、「お前は何者だ?」と聞かれたら、「おれはこういう考えを持っている者だ!」と答えるのが正解なのかもしれません。(その時代、そこが唯一の差異になってるかもしれないから。つまり心こそ自分)

 

長々、雑感を失礼しました。

 

ではでは

 

 

もしもゲノム編集によって、性格や気持ち、心の部分まで編集可能という話になると、ここまで熱弁をふるってきた私はぐうの音も出なくなるけどね。。

 

あわせて読みたい

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です