自分の赤と他人の赤は違う色?色覚細胞の研究で判明。

【「私の赤とあなたの赤は違う色」?」誰もが一度は考える疑問に色覚細胞の研究が意外な発見】
https://nazology.net/archives/144202

 

・個々の人が持つ主観的な感覚体験のことを「クオリア」と呼ぶが、自分のクオリアと他人のクオリアが同じであるかどうかを証明することは困難だった

・しかし米国のジョンズ・ホプキンス大学(JHU)で行われた研究により、私たちの網膜に存在する色覚細胞がどのような仕組みで生成されるか、またどんな比率で存在するかが確かめられ、この長年の哲学的疑問の答えとなり得る結果が得られた

研究者たちは「正常な色覚を持つ人たちの間でも、同じリンゴに対して色が少し違って見える可能性がある」と述べている

・人間は動物界でも最高レベルの視覚を有している。人間は色覚においてほとんどの哺乳類よりも優れており、何百万色もの色を見分けることが可能。(イヌの場合には、青と黄色の2種類の色覚細胞しか存在しないため赤と緑を正確に認識することはできない)

最も比率が低い個人と最も大きい個人の間では、L錐体の比率は5倍以上も差があった。赤を検知するL錐体の比率がここまで大きい場合、脳に届けられる赤の信号が個人間で大きく異なり、同じ赤いリンゴを見ても、赤さの見え方が異なってくる可能性がある

・同じ遺伝子を引いている家族同士ならば比較的「同じ赤」である可能性が高いことを示している

 

以上、記事引用参考

 

 

 



 

 

人それぞれ違う感覚の世界で生きている

 

自分が見ている「赤」と、他人が見ている「赤」は同じ色(同じような色)なのだろうか。もしかしたら、自分が「青」と認識しているものを、他人は「赤」と言ってる可能性もあるのではないだろうか。

 

こんなことを想像したことありませんか?

 

私はよく想像してました。^^

 

今回の実験では、同じ赤いリンゴを見ても、人によって赤さの見え方が異なってくる可能性を示唆しています。

 

「自分にとっての赤が、相手の青」とまではいきませんが、

赤さの見え方は人によっては違って見えるようです。

(同じ遺伝子を引いている家族だと同じように見えるということは、遺伝子情報が異なる人ほど、色の見え方が違ってくるのかな?)

 

死後に提供された眼球の網膜伝図を測定するという、少し特殊な実験結果ではありますが、個人個人、色の見え方は違う可能性は高いと思われます。

 

そもそも、考えてみれば、

人によって、いい匂いや不快な匂いも違いますし、

暑さ、熱さ、痛さなども、人によって感じ方も違います。

こんなふうに、聴覚、嗅覚、味覚、触覚、も人それぞれ、違うわけですから、

視覚(色)も人それぞれ違うように見えても不思議ではありませんよね。

 

そう考えていくと、

人それぞれに違う感覚の世界や宇宙で生きていると言ってもいいのかもしれません。

 

みんなが違う感覚の世界で生きていると言うと、少し寂しい感じもしますが、そこも考え方次第だと思います。

 

自分と他人は同じであるはずだという前提だと、「自分と違う」が発覚した時、衝突したりしますが、

「自分と他人は違う」を前提にすれば、変な衝突も起きにくいと思います。

 

非難や否定、怒ってばかりの人は、「同じはずだ」という前提が強くありすぎる傾向があるような気がしています。

「人と自分は違う」を前提にすれば、違いを楽しんだり、その違いをどうやったら埋められるかを尽力したり、同じ(共通点)を見つけたら、嬉しい気持ちになったりもします。

 

もちろん、

「人と自分は同じ」という前提も大事ですが、

「人と自分は違う」という前提も少し持てたら、

個人レベルでも、もっと大きなレベルでも、優しい世界が築けるのではないでしょうか。

 

以上、自分の「赤」と他人の「赤」は違う可能性を示唆する実験から、大袈裟に「違う」について色々思ったことを書いてみました。

 

 

ではでは

 

 

遺伝子情報が違う人ほど、違うように見える可能性がある。ということは、「この人、自分と感じ方が全然違うなあ」という場合、その人は相当、自分と異なる遺伝子情報を持っている可能性があるかもしれません。そんな面白発想もありかもしれません。

 

 

 

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